FLY TO THE FUTURE-第1章 途方もない夢への離陸11-

2018年05月17日

■ 悲願の飛行場建設

 義三が航空教育の学校を始めた昭和七年

から、企業や都道府県、各種団体などが

取りまとめた国防献金を原資とした陸軍

への飛行機献納が行われた。

 昭和七年一月十日に東京の代々木練兵場

にて愛国第一号、愛国第二号の命名式が行

われ、そこには宮様のご臨席を賜った。

 山梨県でも昭和八年四月に愛国機山梨号

(九一式戦闘機)の命名式が行われたが、

山梨県には空港がないため、献納機の命名

式は県庁の裏広場にて済ませ、東京から

愛国山梨号が飛行して来て甲府上空を

アクロバット飛行したのち、そのまま東京

に去っていくだけの物足りない形となった。

空港がないのだから離着陸ができず、

このようなやり方しかなかった。

 これを見ていた義三は歯がゆい気持ちで

いっぱいになり、自らの計画している

飛行場建設を急がなくてはと痛感した。

 昭和八年八月には、東京、神奈川、

千葉、埼玉、茨城において軍民一体と

なった大規模な関東防空演習が行われた。

 戦争の足音は刻一刻と日本列島へ

近づいていた。

―つづく―


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