FLY TO THE FUTURE-第1章 途方もない夢への離陸7-

2018年04月05日

■ 天啓

 義三が家業を継いで事業に打ち込んで

いる間に、時代は大きく動いていた。

 大正十二年九月一日、午前十一時

五十八分四十四秒、関東地方にM七・九の

大地震が発生。十万人近い死者を出す

未曾有の大災害となった。このとき義三が

まだ東京にいたならば、被災し、最悪の

場合は命を落としていたかもしれない。

山梨に戻っていたことで、その運命を

免れた。

 その月の十六日には、無政府主義者の

大杉栄と妻の伊藤野枝らが憲兵大尉

甘粕正彦らに殺害される「甘粕事件」が

起きた。

 人々は天災と社会不安に揺れた。関東

大震災に伴う経済的混乱が深刻な不況を

もたらしてもいく。

 大正十四年四月二十二日、思想や結社の

自由を取り締まる「治安維持法」公布。

 大正十五年十二月二十五日、大正天皇が

四十八歳で崩御された。裕仁親王が天皇に

踐祚され、元号は昭和に変わった

。昭和は、中国の古典『書経』の「尭典」

の「百姓昭明、万邦協和」が由来とされ、

政府は「君臣一致、世界平和」の意味と

いう注釈を加えた。

 昭和二年三月、金融恐慌が始まった。

震災手形問題の処理に関して当時の片岡

蔵相の衆院予算委員会での失言が引き金と

なって、銀行破綻の噂が広まり、たちまち

預金者が銀行に殺到した。

 四月には徴兵令が全面改正されて兵役法

が公布された。これは学齢期から壮年期

まで一貫して軍事的組織を固める体制を

つくり出すもので、軍縮に見せながら

実は積極的な戦力強化が促されたのである。

 昭和三年五月三日、中国山東省の済南市

で蒋介石の国民革命軍と日本人居留民保護

の警備をしていた日本軍の間で武力衝突が

起こった(済南事件勃発)。同年六月四日、

関東軍強行派により奉天軍閥の指導者・

張作霖が爆殺された(張作霖事件)。

 昭和四年十月、ニューヨークのウォール街

で株式が大暴落し、世界恐慌の端緒となる。

日本では昭和恐慌と呼ばれる長い暗黒の

大失業時代が広がっていく。

 昭和六年九月十八日、満州事変が始まっ

た。いよいよ時代は軍国的な流れへと進んで

いく。

―つづく―


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