FLY TO THE FUTURE-第1章 途方もない夢への離陸3-

2018年02月13日

 日本のライト兄弟と言われた玉井兄弟は、

自作の飛行機づくりに挑み続け、大正五年

に友野鉄工所の支援と原愛次郎工学士の協

力のもと、複葉機を完成させた。友野式

九十馬力エンジンを装備した玉井式三号機

である。これを機に、東京府下羽田町穴守

に設立されたのが日本飛行学校であった。

 義三は、初めて遭遇したとき以来、あの

空飛ぶ機械に心を捉えられたまま、日々を

過ごしていた。もう一度見てみたい、もっ

と間近に見てみたい、と気持ちは募るばか

りだった。

 そこで、友人を誘って羽田の日本飛行学

校へ見学に行くことにした。

 六郷川が海に注ぐ三角州の広い野原に、

丸太の骨組みによしずを張った粗末な格納

庫があり、複葉機が納められていた。空を

飛ぶ姿よりも間近で見るとかなり大きい。

こんな大きな重いものが空を飛ぶ、それを

実現した技術とはすごいものだと素直に感

心した。

 学校見学では体験飛行ができるというの

で迷わず申し込んだ。

 あの空飛ぶ機械に自分が乗る、それは好

奇心を満たす絶好の機会だ。

 乗客席は二席、義三は飛行士とともに乗

り込んだ。

 せまい座席にすっぽりと身体を収める。

 そして離陸するときはさすがに緊張して

身をこわばらせたが、すぐに飛行に夢中に

なった。

 自分が空の中にいる、その感覚は生まれ

て初めて味わう興奮だった。

 大空を飛ぶ高揚感が全身に湧き上がる。

 まさに夢心地だ。

 眼下に東京の街並を見るのもまた初めて

の経験だ。空から街を俯瞰すると自分の心

が大きく開放的になっていくのを実感でき

た。

 そして、目の前の操縦席にいる飛行士の

巧みな操縦に目を奪われた。彼の落ち着い

た操縦は安定した飛行を実現しており、お

かげで初めて飛行を経験する義三でも少し

もこわさを感じない。

 空飛ぶ機械を製造する技術もすごいが、

その機械を自在に操縦する技術もかなりす

ごい。いくら高性能の機械でも人が動かさ

なくては空を飛べないのだから。

 義三は人間の持つ可能性の片鱗を見たよ

うに感じ、

「自分もやってみたい!」という思いでいっ

ぱいになった。

 子どもの頃から欲しいものは欲しい、や

りたいことはやる、という気質である。早速

翌日からこの飛行学校で飛行訓練を受ける

ことにした。

 訓練の料金はかなり高額であったが、大事

な跡取り息子の言うがまま送金をしてくれた。

跡取り息子が大学に行っている間は好きなこ

とをやらせてやろう、いずれ帰ってきて家業

をしっかりやってもらうのだから。そんな気

持ちで義三のわがままを承諾していた。

―つづく―

 


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