FLY TO THE FUTURE-第1章 途方もない夢への離陸1-

2018年01月10日

■ 空飛ぶ機械との出会い

 明治三十年十月、山梨県甲府市で精米業を営む

梅沢家に長男が誕生した。

私の祖父、梅沢義三である。幼い頃の祖父は目鼻立

ちの整った顔立ちの少年であったそうだが、負けず

嫌いのワンパク坊主で、ベーゴマでも、凧揚げでも、

一番強くないと気がすまない。勝つためには貪欲に

工夫をする。そして、欲しいものは必ず手に入れる。

そのためには人一倍の努力も厭わないという少年

だったそうだ。

たとえば、祖父の家より裕福な医者の息子である

同級生が高価なおもちゃを手に入れている。それが

どうしても欲しいと思えば、どうしたら手に入れら

れるかを考える子どもで、まず親にねだり、それで

駄目なら手伝いをして小遣いを稼いで買う、それが

無理なら同級生に何らかの交渉をして譲ってもらう、

それでも駄目なら……ありとあらゆる方法を考える

子供だったそうだ。欲しいものを得るために人の

何倍も努力するその姿勢は、有言実行力ともいう

べき彼の美徳として周囲からは見られていた。

 義三はやがては家業の精米業を継ぐ立場にあった

ので、地元の県立農林学校を修了後に甲府商業に

進学。

 そして甲府商業を卒業後、家業の精米業を手伝

っていたが、それでは気持ちが収まらず、漠然と

した憧れから東京に行ってみたいと思っていた。

それには上京できる名目をつくるしかない。大学

進学ならば大手を振って東京へ行けると考え、ある

時、父親に手をついて願い出た。

 「東京の大学に行かせてください」

 「なに?」

 父はあまりに唐突な申し出に驚いた。

 「文学を勉強したいのです」

 義三はまっすぐに父親を見つめて意思を伝えた。

文学云々はともかく、東京の大学に行きたい気持ち

は本物である。

 「米屋の倅が文学だと?」

 と思わず返したものの、義三が言い出したらきか

ない性格であるのをよくわかっている父ゆえに、

反対するより向学心を褒めてやることを選んだ。

望みのまま大学で学ばせてやれば、その後はしっ

かり家業をやっていくだろうと考え、

 「そうか、学びたいという気持ちは大切だ。

おまえはまだ若い、大学に行くのもよいだろう。

しっかり勉強してこい」

 と頷いた。

 梅沢家は精米業以前から、燃料商も営んでおり、

石炭やコークスを輸入して商売をしていたので、

大変豊かであったので息子の大学進学は父が認め

ればすんなりと実現される事案であった。

 こうして、義三は東京の日本大学文学科に入学

したのである。

―つづく―


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