FLY TO THE FUTURE-第1章 途方もない夢への離陸5-

2018年02月21日

■ 跡取りの宿命  

「大学を辞めて飛行学校に入りたい。飛行

士になりたいと思っています」  

義三がそう言うと、父母は激怒した。飛行

学校は大学で学ぶかたわらの遊びだと思っ

ていたので、大学を辞めて飛行学校に入る

などとんでもない話であった。  

「梅沢家の跡取りが何を言い出すのだ」  

「梅沢家の長男であることを自覚しなさい」

と連日の説得が続いた。  

 父母は親戚中の重鎮である伯父まで引っ

張り出してきて、説得に当たった。  

 剛気な義三であるが、小さい頃から梅沢

家の跡取りとしての教育を受けてきており、

そこをつつかれると弱い。さらに、「学資

の送金をやめる!」と言われてはどうにも

ならない。

 結局、飛行学校への入学を諦め、大学を

卒業して家業を継ぐために実家に戻るより

ほかなかった。  

 心の奧に飛行機への情熱の燻りを抱えた

まま、義三は梅沢家の跡取りの宿命に従った。

 梅沢家は、甲斐源氏武田家の末裔で、

戦国時代には武田信玄の居城であった躑躅

ヶ崎館の北上に位置する積翠寺という集落

に宗家を構えていた。躑躅ヶ崎館とは現在の

武田神社である。その積翠寺集落の丘を登る

と、いちばん高い所に今でも付近の人々から

「梅沢屋敷」と呼ばれる家がある。ここに

梅沢家の家系図が保管されている。  

 その家系図によると、武田信玄から数代前

に武田家から分家しており、その分家は梅沢

民部之丞といい、甲斐の民政を担当していた。

そして、義三から数えて三代前の梅沢万吉が

江戸時代末期にさらに分家し、現在の甲府市

手塚町にて水車小屋を建てて精米業を営んで

きた。その後、甲府盆地各所に次々と水車小屋

を建てて商売を大きくしていったのである。

義三の父・助太郎は婿養子であったが、精米業

に加えて薪炭やコークスまで扱って事業を広げ、

もとより潤沢だった梅沢家の財産を増やした。  

 義三はいずれその家業と資産を継承し、守り、

発展させていかなくてはならない役割を生まれ

たときから背負っていたのである。

―つづく―


このページの先頭へ

 

梅沢慶臣学園長ブログ

梅沢忠弘学長ブログ

篠原雅成校長ブログ

浅川正人学長ブログ

馬場欽也校長ブログ

小林学校長ブログ