人生論㉜

2017年06月08日

32.仕事に貴賤はないという言葉があるように思う。

しかしそんなことはない。たしかに仕事にいい仕事

と悪い仕事がある。このことは前にも一寸かいた。

しかしいい仕事をする人は皆よく、悪い仕事をする

人は皆悪いかと言えば、言うまでもなくそんな

ことはない。

 政治の仕事なぞも元来は悪い仕事ではない。

いい仕事と言ってもいいであろう。そしていい

政治家は、本当に自分の一生を国民に棒げ、日夜、

国民のことを思い、彼等を愛し、彼等を幸福に

してやりたいと思うであろう。

 しかし悪い政治家は野心に満ちて、自分の出世

のことばかり考え、他人はいくら利用してもいい

ものと心得、自分の生命は大事だが、他人の生命

は自分の利益の前には問題にせず、ただただ立身

出世の機会をねらい、勢力をはることだけ考える。

 だから職業で、人の貴賤、善悪を簡単に決める

わけにはゆかない。しかし職業の選択は馬鹿に

できない。ただ現代に於いて大概金をとる職業は、

理想的な仕事とは言えない。

 理想的な職業というには、その職業のために

働けば働く程、自分の為にもなり、他人の為にも

なる仕事だ。その為になり方は物質的だけでなく、

生命的に為になるのである。つまり働けば働く程、

肉体も健康になり、精神も健全に満足出来る仕事

である。

 今の時代には一寸そういう仕事が見つからないと

思うが、健全な社会がくれば、その社会で奨励

されている仕事をすれば、それは自分の健康の為に

なると同時に、頭がよくなり、品性がよくなり、

他人への愛が増し、自分の生命が向上する仕事で

ある。

 自分の職業に忠実になることは他人の職業の

邪魔をすることにならないことが自然の意志で

ある。 

 しかし金もうけを目的にして人間が働いたり、

働かせたりすると、それはきりのないものになり、

これでいいという時はない。そして他人の販路を

奪うことが必要になる。喧嘩をしないわけには

ゆかない。人間は適度というものを知らなくなり、

油断をするとやられてしまうから、いろいろの

策略も必要になる。嘘や、宣伝や、相手の悪口

なぞが必要になる。そして共栄、共存、共生なぞ

ということが口先ばかりになる。

 いつ人は金銭の奴隷ではなくなり、人間本来の

生命に忠実になり切れるか、一寸のところ見当は

つかないが、いつかはそうなるであろう。

 国民全体が協力して、国民全体を生かし、そして

他の国民とは隣国として仲良く助け合い、又往来

出来るのはいつの話か。

 

―武者小路実篤の著書をまとめてみました―

武者小路実篤(1985.5.12~1976.4.9)

 学習院初等科、中等学科、高等学科を経て、
1906年に東京帝国大学社会学科に入学。1907年、
学習院の時代から同級生であった志賀直哉や木下
利玄らと「一四会」を組織する。同年、東大を
中退。1908年、回覧雑誌「野望」を創刊。1910
年には志賀直哉、有島武郎、有島生馬らと大学
雑誌『白樺』を創刊。これに因んで白樺派と呼ば
れる。トルストイに傾倒した。また白樺派の思想
的な支柱であった。
 晩年盛んに野菜の絵に「仲良きことは美しき哉」
「君は君 我は我なり されど仲良き」などの文
を添えた色紙を揮毫したことでも有名である。
昭和40年代には日本中の家に色紙があった。


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