十一番目の知恵を自分で考える

2015年07月06日

 

 道徳を学ぶことは、自分の生き方を勉強する

ことだと書きました。何か困難に出遭ったら、

それまでの自分を振り返って反省し、新しい

自分になるために勉強し、そしてチャレンジ

するのだと説きました。

 人生には、想像できないような苦難が待って

いることがあります。なぜ自分ばかりこんな目に

遭うのだろう、なぜこのような苦労をしなけれ

ばならないのだろう、いくら考えても納得

できないといった、理不尽な思いにとらわれる

こともあるかもしれません。

 そのようなとき、本書であげた『教育勅語』

の十の教えに加えて、何かひとつ、自分なりに

信じられるもの、たとえば信仰のようなものを

持つのもよいと思います。

 それは仏教やキリスト教などの教えでも

いいし、太陽を拝むことでもいいのです。

要するに、自分の気持ちを鎮められる何かが

欲しいのです。

「お天道様が見ている」と感じたり、何かあった

ときに思わず「神様!」と祈ってしまう経験は、

誰にでもあるでしょう。

 人間は死ぬそのときまで、生き抜かなくては

なりません。生き抜くことは、なかなか大変な

ことで、生きていくうえでじつにいろいろなことが

あります。

 でも何かあったときに、自分なりに信じられる

ものに祈れば、自分を見つめることになり、心の

なかが見えてきます。自分がなんのために生まれて

きたのか、なんのために生きているのか、ひとつの

使命を持ってこの世に生まれてきたということに、

だんだん気づくことになるのです。

 人は、生まれたときは自由で、何にでもなれます。

しかし、男に生まれる、女に生まれる、どこの

国に生まれるなどの「運命」はあります。そして、

宇宙の規律のなかで「宿命」に挑みます。

 やがて、どの人にも必ず死というものが訪れ、

誰もが「天命」により死んでいきます。この

一生のうちに、どのように自由で、心豊かで、

幸せな生活ができるかが大切なのです。

 自由とは、考え方次第です。

 幸せは、その人のあり方次第です。


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