社会責任の向こうに自由がある

2015年06月30日

 

 人が社会で生きていくには、「責任を果たす」

というルールも守らなくてはなりません。

仕事での責任とは、最後までやり遂げることです。

たとえば飛行機のパイロットは、お客さんを

乗せて目的地に運ぶだけでは責任を果たしたとは

いえません。安全かつ快適に運び、無事に着陸

してはじめて責任を果たしたことになるのです。

 だから「今日は天候条件が悪いから、飛べま

せん」というのも、責任の現れです。安全に

運行できる状況でなければ、欠航という判断を

するのも、責任を果たすことになります。お客

から文句や不満が出ても振り回されず、乗客の

生命を預かって目的地まで無事故で安全に運航

するという任務を全うするための決断と考える

のです。

 人から誹謗中傷されようが、文句を言われようが、

自分がやるべきことはやり、言うべきことは言う。

たとえ嫌われても、世間から非難されても、

それが責任を果たしているということです。

 報酬を得る仕事にしてもボランティアにしても、

目的を完遂させるところに責任があります。

 学校で、生徒が悪事を働いて退学処分になったと

します。教師は、その生徒を卒業させるという

目標を完遂できなかった責任を感じます。親には、

子どもをまともに育てられなかったという責任が

のしかかります。

 学校を卒業できたら、後はその子自身の責任と

なります。

 子どもを育て上げるのは、大変な責任の完遂です。

親は子どものために自分を犠牲にしてもがんばり

ます。子どもの学費を払うためにひたすら働き、

自分のしたいことを我慢して、愛情を注ぎます。

そうやって子どもが育って、社会人になったときは、

大きな喜びを味わいます。

 私自身もそうでした。三人の学費のためにかなり

苦労しましたが、子どもたち全員が就職して自立

したときは、やはり喜びも大きいものでした。

 

 学校で運動会、遠足、学芸会、クラブ活動、奉仕

活動などを行っているのは、責任を果たすことを

学ぶためでもあります。学校は小さな社会です。その

小さな社会生活のなかで、まず自分の責任を果たす

ことを学ぶのです。

 つらいことがあっても、そこから逃げてしまったら

目的を達成できません。人間は自由だけれども

責任がある、責任とは、互いに生きていくための

役割分担をして自分のやるべきことを完遂すること

です。それには忍耐が伴います。耐え忍んで完遂

できたときほど、喜びは大きいものです。

 

ーこの人に学ぶー
武田信玄(たけだ・しんげん)
 
優れた武将として名高い武田信玄は、高い教養を
身につけていて、さまざまな名施策でも知られて
います。日本初の金貨である甲州金の鋳造を行った
り、すぐに食べられて栄養バランスのよい陣中食と
して「ほうとう」を発明したのも信玄といわれて
います。
 施策のなかでも有名なのが治水術で、信玄の発明
した「信玄堤」は今なお山梨県下の数カ所に残って
います。釜無川と御勅使(みだい)川の合流点が
氾濫するたびに、下流一帯を水没させて莫大な
被害をもたらしていたため、それを治めたものです。
 信玄は川をよく研究し、二つの川がぶつかる
地点に将棋の駒のような形の堤防を築き、水流の
勢いを分けるようにしました。さらに、釜無川の
堤防工事には、下流に向けて斜めに短い突堤を
いくつも設け、ここでも水の勢いを落とすように
工夫しました。
 信玄のすばらしいところは、堤防をつくったままに
しないで、その後長年にわたって保守管理をする
体制を整えたことです。本当の意味での責任を
全うすることは、ここまできちんと完遂することを
いうのだという、よい例です。

野中兼山(のなか・けんざん)
 野中兼山は、江戸時代初期の政治家であり儒学者
です。灌漑、産業奨励などをはじめ、さまざまな
社会改革を行いましたが、ここでは彼の功績の
なかでも社会の仕組みを確立した事例を紹介します。
 兼山は、土佐藩の家老のときに「念仏講」と
いう組織をつくりました。念仏講は葬儀のための
積立金を集める組織で、これによってていねいな
葬儀ができるようになりました。
 四国はハンセン病患者の巡礼地でもあり、当時は
そうした病の人が行き倒れ、途中で亡くなると、
遺体は粗末に扱われていたものですが、兼山は
それを禁止し、丁重に葬るようにしました。
同様に、天然痘患者を捨ておくことも禁止し、
いずれの遺体もきちんと葬らせたのです。
 これらは、哀れな病気にかかって苦しみのなかで
亡くなった人々を弔う意味がありますが、同時に、
土地の環境を整える意味でも効果が大きかったのです。
ハンセン病や天然痘は、患者が社会から隔離される
ほど恐れられた病気でした。つまり、遺体を放置
せずに葬ることは、伝染の恐れを軽減する効果も
あったはずです。
 兼山はそれまでになかった方式を提案し、社会の
秩序を打ち立てたともいえます。

■フランクリン
 ベンジャミン・フランクリンは、アメリカの
ボストンの貧しい農家に生まれました。十七人兄弟の
十五番目の子どもでした。
 印刷業を営む兄のもとで十二歳から徒弟として働き、
十七歳でフィラデルフィアに移り、翌年イギリスで
印刷技術を勉強したのち、フィラデルフィアに
戻って長く住みました。そして、アメリカでの初の
公共図書館を建てました。これを手本に全米各地で
図書館が設立されるようになります。
 さらに新聞の発行を開始しました。当時のフィラデル
フィアは不便な田舎町であり、新聞記事は間違いや
有害な内容が多かったのですが、フランクリンは
正しい記事、有益な記事を心がけた新聞の発行に
努め、人々に大変喜ばれました。
 このフランクリンのあり方は、今でいうコンプライ
アンス(法令遵守)に近いといえましょう。
 フランクリンの自伝には、彼は道徳的完全性に
到達する大胆で難儀な計画を思いついて、十三の
項目にまとめたとあります。なかに『教育勅語』に
近いものもあるので、ここにあげておきます。
①節制…飽くほど食うなかれ。酔うまで飲むなかれ。
②沈黙…自他に益なことを語るなかれ。駄弁を弄する
 なかれ
③規律…物はすべて所を定めて置くべし。仕事は
 すべて時を定めてすべし。
④決断…なすべきをなさんと決心すべし。決心したる
 ことは必ず実行すべし。
⑤節約…自他に益なきことに金銭を費やすなかれ。
 すなわち、浪費するなかれ。
⑥勤勉…時間を空費するなかれ。常に何か益あることに
 従うべし。無用の行いはすべて断つべし。
⑦誠実…詐りを用いて人を害するなかれ。心事は
 無邪気に公正に保つべし。口に出すこともまた
 然るべし。
⑧正義…他人の利益を傷つけ、あるいは与うべきを
 与えずして人に損害を及ぼすべからず。
⑨中庸…極端を避くべし。たとえ不法を受け、憤りに
 値すと思うとも、激怒を慎むべし。
⑩清潔…身体、衣服、住居に不潔を黙認すべからず。
⑪平静…小事、日常茶飯事、または避けがたき出来事に
 平静心を失うなかれ。
⑫純潔…性交はもっぱら健康ないし子孫のためにのみ
 行い、これにふけりて頭脳を鈍らせ、身体を弱め、
 または自他の平安ないし信用を傷つけるがごとき
 ことあるべからず。
⑬謙譲…イエスおよびソクラテスに見習うべし。


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