〜二章 きょうだいの理解を深める<友愛>〜 きょうだいは友だちの始まり、他人の始まり

2015年05月26日

 

 同じ親から生まれたきょうだいの友愛は、親孝行に次ぐ

道徳の基本です。幼いころは一緒に仲良く遊んだきょうだいも、

成長とともに変化していきます。きょうだい仲良くというのは、

一緒に遊ぶことではありません。いつどんなときも、思いやりを

持ってつきあっていくことが大切です。

 

 戦前までの日本では、家督相続といって、一家の家長である

父親が亡くなると長男が跡を継いで家長となりました。そして

家長の奥さん(長男にとって母親)がいてもきょうだいが何人

いても、遺産は家長となる長男一人がすべてを相続しました。

 一家の財産を全部受け継いで、しっかり守って伸ばしていくのが

長男としての務めでした。女性は他家に嫁ぐという選択肢が

ありましたが、長男以外の男兄弟は相続するものが一切ないので、

家から独立するしかありませんでした。

 ところが戦後、相続制度が変わり、一家の主人が亡くなると、

遺産は残された奥さんと子どもたちに分配されるようになりました。

配偶者に二分の一、子どもにも二分の一が分配され、きょうだいが

いればその数で子どもの相続分を分け合います。

 農業をしていた両親が亡くなったら、子どもたちで田畑を

分けるのが今の相続制度です。すると、一人当たりの相続する

田畑は分割の結果小さくなり、とても農業だけで食べていける

規模ではなくなります。子どもたちが会社勤めをしていれば、

農業はやらずに分けてもらった田畑を売って、お金に換えるほうが

いいでしょう。そういう農家は絶えてしまいます。

 アパート経営をしている両親が亡くなったら、子どもたちで

アパートを分ける形で財産分与を行いますが、アパートが

一棟しかなければ分割は難しい。となると、売ってお金に換えて

分配することになり、アパート経営の事業は途絶えます。

 いずれにしても、子どもたちが遺産相続をするときに

きょうだい間でもめる事例は非常に多く、そこからきょうだいの

仲がぎくしゃくする話もよく聞きます。それぞれ結婚し、家庭を

持つようになると、自分の家族のために少しでもお金は欲しいと

思い、主張し合う、というのが要因です。

 つまり、子どものうちは仲がよくても、大人になって親に

介護が必要になったり、親が亡くなって遺産を分配したりする

ときに、悪くなってしまうのです。

 

 きょうだいは友だちの始まりであり、他人の始まりだと

私は思います。だからこそ自分は自分、あなたはあなたという

立場を思いやって、互いに自立した関係を保つようにすることが

大事です。

 きょうだいがもめないためには、ひとつの価値観というか、

道徳を中心とした礼儀節度がなくては、なかなかうまくいきません。

 兄が家業を継いで住まいも継ぎ、弟は家を出て自力で家を

建てなくてはならないとします。仕事も家もある兄を弟は

うらやましく思うかもしれませんが、見方を変えれば

好きな仕事がなんでも選べ、どこでも好きな場所に住める

弟の自由さは、兄にとってうらやましいのかもしれません。

 そうやって兄も弟も互いの立場を想像できて、思いやりを

持てれば、諍いは起こらないでしょう。道徳をしっかり身に

つけて、人の道というものを学んでいれば、醜い争いには

ならないはずです。

 親の介護にしても、ここは兄が担当する、ここは弟が担当する

−−−そう分担して親の面倒をみるのも人として当たり前の道で

あり、同じ親からこの世に生まれたきょうだいとして協力

し合う姿です。

 協力し合って年老いた親の面倒をみていれば、互いに尊重

し合うようになれるし、感謝の気持ちを持っていれば、

遺産相続で弁護士を立てる事態にもなりません。道徳を学び、

礼儀節度のある家では、醜い争いになるはずがないのです。

 


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