~一章 あなたは親の愛を受け止めていますか<孝行>~ 親の愛は見返りを求めない

2015年05月21日

 

 すべての人間は、親があって生まれます。世の中に、

親のない者はいません。今、自分がこの世に生をうけて

存在しているのは、親がいるからです。その親にも

親があり、自分の命をつないでくれた存在なのです。

 さらに先の、たとえば二十五代前の鎌倉時代まで

遡ると、億単位のご先祖様がいることになります。

そのご先祖様の誰一人が欠けても、今の自分はいない

のです。先祖の血を全部集めて自分が生まれてきたと

いう不思議な縁(えにし)を感じて、産んでくれた親に

感謝しましょう。

 同じ生命であっても、猫に生まれることもあるし、

蟻に生まれることもあります。自分が人間として生まれ、

今、生命をいただいていること自体がとても不思議なこと

で、感謝すべきことです。その尊さを忘れないように

しましょう。

 人はこの世に赤ん坊として生まれると、成長するまでの

間、親からあたたかい愛情と数々の恩を受けて育ちます。

おしめを取り換えてもらい、お乳を飲ませてもらい、

寝かしつけてもらい、病気になれば介抱してもらい、育って

いきます。

 子どもだけでなく親も、大きな生命の循環のなかで、

自分の子どもを育てていけることを喜びとしなくては

なりません。

 おしっこやうんちの始末をし、きれいなおしめに

取り替える。夜中でも起きて授乳する。離乳食になったら

柔らかい食事を用意して一口ずつ食べさせる。夜泣きが

ひどければ、一晩中でもおぶったりだっこしたりしてあやす。

病気になれば一睡もせずに介抱する。日差しが強ければ

赤ん坊に日よけをかざし、雨が降れば雨がかからないように

する。

 それが親というものです。そこに見返りの期待はありません。

親の愛は一方的に与えるだけのものです。

 自分が今日まで育ってきたということは、親の与える愛を

受けてきた証です。だから親に感謝するのです。

 そして、やがて自分が子どもをもつ親になったとき、

かつて自分が親からしてもらったように、自分もまた

赤ん坊に見返りのない愛を与えていくのです。

 自分が親になってはじめて、「親はこんなに大変な

思いをして育ててくれたんだ」とわかることがたくさん

あります。そこに、感謝の気持ちが生まれます。

 

 

 親は「こんなに一生懸命育ててきたのだから」と、

子どもに見返りを期待するものではありません。ただ、

子どもが育って大人になって、そのまた子(つまり孫)

を一生懸命に育てている姿を見て、「ああ、きっと

自分たちの思いがわかってくれているんだな」と

うれしく思うのです。

 自分たちが親として与えた愛が、その先に伝わっている

ところに、おじいさん、おばあさんの喜びがあると

思います。一喜一憂しながら子育てをしている姿は、

かつての自分たちの姿であり、その気持ちも痛いほどよく

わかっているのです。

 ところが、子育てを放棄したとか、ひどい場合には

子どもを殺してしまったとか、そんなことになれば、

親にとっては自分たちの愛が伝わっていなかったと

悲しむべき事態です。

 赤ん坊が泣いてうるさいから殺してしまう、という

事件もあります。しかしそれは、自分自身も赤ん坊の

ときはいっぱい泣いてきたのに、親が大事に育ててくれた

ということをわかっていないのです。親もまた、それを

伝えてこなかったということでしょう。

 赤ん坊のときには、糞尿の始末から食事の世話まで、

何から何まで親にやってもらって、ものすごく苦労して

育ててもらったことがわかれば、泣き叫ぶ赤ん坊にも

寛容になれます。寛容は、とても大事な人間性の

条件です。


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