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FLY TO THE FUTURE-第1章 途方もない夢への離陸8-
この間、義三の環境にも変化があった。結婚し、昭和二年に長男・鋭蔵が誕生している。精鋭部隊を率いる将軍になるように、と「鋭」の字を名前につけた。 また、飛行機の話題でいえば、昭和四年七月十五日、日本初の定期旅客輸送飛行が始まった。東京・立川飛行場から乗客六人と乗員二人を乗せた飛行機は大阪・木津川飛行場に無事に着陸、さらにその後、福岡の大刀洗飛行場に飛んだ。当初の飛行機は、フォッカー・スーパーユニバーサル機(六人乗り、巡航時速百八十キロ)、フォッカーF7機(八人乗り、巡航時速百六十キロ)の二機種で、いずれも欧米で安全性と経済性が高く評価されているものだった。 そのニュースを知った義三は、とうとう
執筆者プロフィール
梅沢しげお(うめざわしげお)
学校法人 日本航空学園 理事長
公益財団法人日本航空教育協会 理事長